空き家&片田舎暮らしから日本を考える~竹とのたたかい

私の家は、表側の庭は種々の樹木と雑草が主で、裏側の庭は杉、笹と孟宗竹が生い茂っている。昨年5月に引っ越してきたころ、終わりかけのタケノコを数本食べることができた。タケノコは、買うとそれなりの値段がするのでラッキーだったが、庭の、それも家屋の近くに生える竹は、家を傷める危険性もあるので、手放しでは喜べない存在だ。

 

昨年は、あっという間に成長した竹が、雨どいにぶつかったり、網戸に接触して網目をゆがめたりしていた。竹を切らなければ・・・と思ったが、大家さんからは「竹には切り方がある。こちらで対応する」と言われたきり、結局対応してもらえなかった。かといって、夏~秋の間は蜂や蚊が多く、うっそうとした裏庭に入って自分で伐採をする勇気もなかった。

 

12月に入ると虫がほとんどいなくなることが分かった私は、冬の間に裏庭の木を整備しようと考えた。しかし、12月~1月にかけては、反原発美術館の活動で忙しく、やっと取り掛かれる時間を持てたのは2月に入ってからだった。

 

まだまだ寒い日が続くとはいえ、1月の半ば過ぎから、また虫たちが活動し始めていたので、裏庭の木の整備はすぐに始めなければならなかった。この調子では、3月の上旬ごろには、虫がかなり活発になるかもしれない。昨年は、5月の時点でスズメバチの女王蜂が活発に営巣場所を探していたので、4月はもう危ないかもしれない・・・。そのように逆算すると、実際、私に残された期間は1か月弱しかなかった。

 

大家さんは、「竹には切り方がある」と言っていた。でも、具体的な切り方を私に教えることはなかった。そこで、私はインターネットで、「竹」「伐採」などのキーワードで検索することにした。

 

単に、「正しい竹の切り方」を知りたくてネット検索したのだったが、出てきた検索結果に驚いた。日本中の人たちが増殖する竹藪に悩み、その対処法を質問したり、顛末をブログに掲載したりしているのである! 「竹藪駆除」という言葉があるのも、初めて知った。普通、「駆除」と言えば、ゴキブリ、サル、イノシシ、スズメバチなどの害獣・害虫といった「生きもの」に使われる言葉だ。しかし、驚異的な成長力で、あっという間に増殖する竹藪は、日本各地の空き家・放置林の、大きな問題となっていたのだ。

 

竹は、成長期には1日に1メートルも伸びるそうで、他の植物よりも圧倒的に成長のスピードが速い。高く伸び、笹の葉を生い茂らせ、日陰を作る。地下茎を張り巡らせ、あちこちに竹を生やす。他の植生を凌駕し、あたり一帯、竹と笹だけにしてしまう・・・、まさに私の裏庭のように。

 

「竹林」というと、情緒・風情のある良いイメージだが、「竹藪」というと、迷惑な響きがする。この違いはなんだろう? ある人が指摘していた定義が腑に落ちた。「適切に手入れをされているのが竹林で、放置し荒れたのが竹藪」、と。

 

竹が、「竹林」として適切に維持・管理されているならば、私たちはタケノコを収穫し、竹材を生け垣などに利用し・・・と、これまで長年行われてきたように、竹の恵みを享受しながら、竹と共存することができる。しかし、空き家や放置林のように、人の手が入らなくなってしまうと、あっという間に増殖して「竹藪」となり、重機でも入れない限り対処できなくなってしまうのだ。

 

調べてみると、理想的な竹林というのは、「番傘をさして歩くことができる」状態だという。およそ1メートルぐらい竹同士の間隔が保たれている、ということだ。それぐらいの密度ならば、風通しが良く、日当たりも良く、他の植物が生えることも出来る。「番傘」なんて、随分古めかしい言葉だが、それだけ昔から日本人が竹と共存してきたということなのだろう。

 

理想的な竹林を維持するための一番重要な対策は、「タケノコを採る(食べる)」ことと、「竹を伐採する」ことである。竹材を、かつてのように利用する機会と技術がないなら、タケノコの状態で採って食べるのが、実は最善の策なのだ。

 

切り方に関しては、いくつかの注意がある。切株に躓かないよう、50センチ~1メートルぐらいの高さで切ること。人に突き刺さったりしないよう、断面は「斜め」ではなく「水平」に切ること。笹が目に入らないよう、ゴーグルなどで目を保護すること。落下する枝などから頭部を保護するため、ヘルメットをかぶること。切り倒すときには、方向と通行人に注意をすること。竹が斜面に傾いて生えている場合は、切っている途中に自らの重みで突然割けるので注意すること・・・などだ。

 

竹藪の駆除方法に関しても、各地の様々な取り組みや、涙ぐましい試行錯誤の様子が、ネットに掲載されている。駆除のもっとも一般的な方法は、ラウンドアップなどの「除草剤」を用いる方法だ。竹に小さな穴をあけ、除草剤を注入して枯らすというやり方である。

 

私自身は、除草剤を使うことに抵抗があるので、「全伐採」をすることにした。すべての竹を伐採することで、竹の地下茎が弱り、年々生えてくる竹の数が減少し、数年後には生えなくなる、と書かれてあった。果たしてその通りになるかは未知だが、私は全伐採方式を試してみることにした。

 

裏庭にうっそうと生い茂る竹藪を前に、「全伐採貫徹!」と心に誓う。竹藪駆除に取り組む人たちのブログを読んでいると、よく「一念発起して」とか、「覚悟を決めて」という表現が使われるのだが、私もまさにその心境だった。中途半端・片手間では取り組めない、それが竹藪とのたたかいなのである。

 

以下に、裏庭整備&竹藪駆除について、日々の作業写真を紹介する。

 

私が裏庭の整備を始めたのは2月15日。遠くの山の頂には、うっすらと雪が見える、まだ寒い時期だった。それ以降、3月5日の「啓蟄」まで、ほぼ週5~6日のペースで作業をした。1日の作業時間は日によって異なるが、大体6時間ぐらいである。

 

 

表の庭には、フキノトウが顔を出し始めていた。10畳ぐらいのスペースにフキが自生している。

 

 

 

 

整備道具一式。裏庭の南側から整備を開始した。南側は、竹はほとんどなく、樹木の伐採と笹駆除がメイン。ヘルメット、ゴーグル代わりの水中メガネ、剪定ばさみ、手のこぎり、軍手。長靴も必須だ。作業をしていると時間の感覚がなくなるため、小さな目覚まし時計を置いて作業していた。

 

 

竹藪駆除ブログの中には、「ラジオ」を必需品として挙げている人もいる。なんと、「クマよけ」のためだそうだ! 私が住んでいる地域は、しょせん片田舎なので、幸い、クマが出そうな雰囲気ではない。クマ出没地で暮らす方々の苦労・心労はいかほどか・・・と思う。

 

作業開始前の写真を撮るのを失念してしまったが、びっしりと笹に埋もれた場所から取り掛かり始めた。手前の空洞は、笹を伐採したあとのもの。笹は切り倒した後、短く裁断して、その場に置いたままにすることにした。

 

うっそうとした笹に覆われ、洞窟のようになっている。

 

 

とにかく、ひたすら伐採を続ける。

 

 

今まで見たことがなかった、家の「輪郭」、土台部分が見えるようになった(笑)。

 

 

とりあえず、南側斜面の一部は視界が開けたが、西側はまだこのような状態だ。手順としては、まず、笹は問答無用で切り倒し、それ以外の樹木は、家屋に接着しそうなものは切り倒し、枝葉が伸びすぎたもの(シュロや椿など)は、剪定してこじんまりさせる・・・という方針で作業をしていった。最初の5日間ぐらいはこの繰り返し。

 

 

フキノトウがやがて開き始めた。

 

 

 

 

下の写真は、右半分が伐採処理が終わった状態で、左半分が未処理の状態。伐採は、果てしない地道な作業ではあるが、達成度が目に見えてわかるので、精神的に、まだよい方である。(取っても取っても生えてくる雑草取りの方が、よっぽどむなしくなる)。

 

 

だいぶ、風の通りも見通しも良くなった。

 

 

春に備えて、近所の田んぼも動き始めている。この日は野焼きが行われていた。うっかり洗濯物を外に干していたら、完全にいぶされてしまった(涙)。

 

 

 

裏庭の伐採作業をメインにしつつも、畑の開墾も同時進行で行っていた。去年は、畑が初めてだったので、3畳ぐらいの「なんちゃって畑」だったが、今年は、もう少し陣地を広げたいと思ったのだ。とりあえず2か所を新たに掘り起こし始める。

 

 

 

農地でなかった場所の開墾は、思った以上に石ころばかりだった。物置からスーパーのレジかごを持ってきて、それをふるいのように使い、小石や草を取り除く。これも結構な重労働だ!

 

 

 

 

だいぶきれいに整ってきた。

 

 

開墾した農地は、苦土石灰をまいてすき込んでおく。大抵の土地は酸性で、大半の野菜は酸性土壌を嫌うとのことなので、石灰をまいて土壌の酸性度を調整するのである。苦土石灰をまいて1~2週間後に種や苗を植えると良いので、植えたい時期から逆算すると、畑仕事は2月からのスタートとなる。

 

午前中~昼過ぎまで裏庭の伐採、午後は畑の開墾・・・と、まるで専業農家のような日々が続く。慣れないツルハシを使っての開墾作業は、肉体的にハードではあったが、だんだんと咲き始める梅の花や、きれいな夕日を見ていると、いっぺんに疲れが癒されてしまう。

 

 

 

裏庭の伐採作業は、西~北西方面に近づくにつれ、植物のメインが笹から竹に変わっていった。日影が増すにつれ、竹の割合が増える。

 

 

 

 

かなり太い竹でも、竹は中が空洞なので、切るのにそう時間はかからない。竹は、切るよりも、切り倒した後の処理の方がよっぽど大変である。笹を切り落として日向に運ぶ、竿の部分は表庭まで引きずって運ぶ。運ぶのに長すぎる・重すぎる竿は、半分に切る・・・。それらの作業を考慮すると、1日に処理できる竹は、最大で10本ぐらいだ。

 

10メートル以上の竹がほとんど。

 

 

 

先に、竹は「切るのは楽」と書いたが、「倒す」のは結構難しい。若干斜めに生えていたら、切っている途中で、竹自身の重みによって割ける場合があるので、自然に倒れるが(ただし、突然倒れるので注意が必要である)、竹が密集している場合は、他の竹につっかえて倒れなかったり、強力な「ツタ」が絡まってびくともしないというケースがままあるのだ。

 

その場合はどうするか? まずは、切った竹を全身で押す、引っ張る、蹴っ飛ばす、ぶら下がる・・・などのあらゆる行為を試みる。勢いをつけて、全身でぶら下がる様は、まるで「大人の本気アスレチック」の様相だが、見た目はコメディでも、当人は必死である。5分ぐらい格闘しても、まったく動く気配がない時は、泣きそうになる。

 

ある程度格闘しても解決しなければ、絡まっているもう一方の竹も切り倒すことを考える。ツタが絡みあう2本の竹を、両方とも切り倒してしまうのだ。このとき、注意が必要なのは、もう一方の竹を切っている最中に、突然、当初動かなかった竹が倒れてくる場合があること。状況を見ながら、慎重に作業を進めることが肝要である。

 

特に強烈だった「ツタ」。市販のロープよりよっぽどしなやかで強く、木こり泣かせである。

 

 

 

毎日、危険な「大人アスレチック」に興じているうちに、庭のフキノトウがすっかり開いていた。

 

 

 

さて、西側の伐採作業を進めるうちに、いよいよ「最強・竹密集エリア」に到達した。隙間なくびっしり生えた太い竹を目の前に、すでに10本以上の竹伐採の経験を積んだ私でさえも、足が立ちすくむ思いだった。しかし、「竹全伐採貫徹」を心に誓ったからには、ここで引き下がるわけにはいかない。全伐採しない限り、来年も同じ問題に悩まされるのだから。

 

 

 

これまでの多少の経験をもとに、どこから、どの順番で切れば、スムーズに作業が出来そうかを検討する。1日10本の処理スピードなので、1日に幅2メートルほどの範囲しか伐採できない。それでもとにかく、地道に、安全に、ひたすら作業をするしかない。

 

 

伐採した竹は、とりあえず表の庭に引きずって運んだ。日ごとに伐採した竹が増えていく。ヘルメットをかぶり、竹を肩に背負って引きずる私を見て、通りすがりの人たちがよく声をかけてきた。「え? 女性? 一人でやってるの?」とか「竹を切ってどうするの?」とか。私としては、作業中で危ないのであまり近寄ってほしくなかったが、近隣住民にとっては、これまでほとんど外で見かけないこの家の「住民」に、興味津々だったようだ。彼らとの会話から、私が裏庭の整備を始めたのは、レストランかお店を始めるためと思っているようだった。そもそも映画の編集作業のためにこの家に住んでいるので(今ではすっかり木こりだが)、残念ながらお店をやる予定はない。

 

 

 

最強竹密集エリアといえど、毎日地道に作業をすれば、道は開けるのだ。

 

 

更に数日後。最強竹密集エリアは、残り半分!

 

 

竹だけではなく、樹木も必要に応じて伐採した。樹木は幹の密度が高いので、太くない木でも、切るのは結構時間がかかる。

 

 

伐採した樹木は、ある程度の長さに切り、庭の周囲(木の根元)に置いていく。普通の家庭なら、虫が湧いて困るから、そのようにはせず捨てるだろうが、私の家はとにかく伐採量が多すぎて、可燃ごみに出せるサイズ(40センチ以下)に処理していくのは大変すぎるのである。なので、なるべく日当たりのよい場所に伐採した枝を並べ、なるべく早く生分解されるように・・・と置くだけだ。(しかし実際には、木が腐り、土になるまでには相当の年数がかかる。日に当たる、水がかかる、足で踏みつけるなどをすればするほど、分解のスピードは速まる)。

 

 

 

梅はついに満開に。このころになると、かなり薄着で作業ができるようになった。「春」はもうそこまで来ている!

 

 

 

作業の区切りが早い時間に終わった日、近所の散策に出かけた。典型的な過疎地であるこのエリアは、高齢化、人口減、空き家問題に悩まされている。毎月発行される広報を見る限り、毎月平均40人の人口が減っている。人口が4万程度の町で、毎月0.1%ずつ人口が減るというのは、行政にとってとんでもないインパクトであろう。産まれる人、死ぬ人、引っ越す人、引っ越してくる人・・・それらを全部差し引いて、毎月ひとクラス分ずつ「消滅」していくのだから。

 

ほぼ毎日、高齢者の行方不明情報が防災無線で流れる。お昼過ぎに、行方不明者の服装などの特徴が放送され、夕方には「見つかりました」と報告が流れる。こんなことが「日課」となってしまっているこの町では、空き家とともに竹藪も、きっと問題になっていることだろう。私の家から見渡せる範囲だけでも、下記の写真レベルの竹藪が、ゆうに10箇所以上もあるのだ。

 

 

竹藪の一つに、歩いて行ってみることにした。立札のようなものがぶら下がっている。

 

 

 

明らかに放置している竹藪ではあるが、持ち主にとっては所有地。こういう場所は、どのように維持、活用されていくべきなのだろう?

 

 

そのすぐ近くには、笹の藪。こちらも手つかず、放置状態。

 

 

 

片田舎で日々竹藪と格闘することは、実は日本社会全体の問題を考えるに等しいことなのかもしれない?!

 

連日の伐採作業のおかげで、ついに最強竹密集エリアの竹をすべて切り倒すことができた!

 

 

 

ところで、竹伐採が進むにつれ、作業中の足元・足場が、どんどん崩れていくのが気になった。よく、「地震の時は竹藪に逃げ込め」と言われる。なので、竹藪=頑丈な地盤と思い込んでいたが、何度も竹藪に出入りしていると、斜面の土がボロボロ、ザラザラと崩れ落ちていくのだ。

 

露わになった竹の根

 

 

 

 

不思議に思い、ネットで調べると、意外な事実が分かった。竹林は、平らなところにあれば、張り巡らされた地下茎によって、地盤は丈夫である。しかし、斜面に竹が生えている場合、竹の地下茎は30センチほどの浅さしかない=土を留めておけるのは30センチ程度しかないので、豪雨などで地滑りが起こった場合は、竹薮ごとごっそり滑り、土砂崩れになってしまう危険性があるというのだ。実際に、放置された竹林が土砂崩れで崩壊したという事件が、何件も報告されているという。

 

・・・ますます、家の斜面に生えた竹なんて、全伐採が一番!との思いを強くした。

 

さて、残る竹は、いよいよあと3本となった。ここまでくれば、自分で全て切ってしまうことも出来なくはなかったが、私が一人で竹と格闘しているというのを知った、りべるたんの四元さんが応援に来てくれることになっていた。なので、私は初心者が切りやすく、なおかつ、それなりに伐採した感が持てる竹を、最後に3本残しておいたのだ(^^)

 

四元さんが来てくれた日は、暦の上での「啓蟄」(3月5日)。啓蟄とは、冬ごもりをしていた虫たちが、活動をし始めると言われる日。この日に竹伐採を終えるなんて、まさにグッドタイミング!

 

ヘルメットをかぶった四元さんが、竹伐採に初挑戦。

 

 

一本目を無事切り終えた後は、大きめの竹に挑戦。

 

 

こちらも無事伐採!

 

 

結構な長さの竹!

 

 

竹を伐採した後の処理もしてもらった。まずは、笹を切り落としていく作業。

 

 

 

 

笹を切り落とした竿を、表庭まで運ぶ。これで、めでたく「全伐採貫徹」が実現したのだった!! 切り倒した竹は、80本以上! あらゆる太さの、あらゆる位置に生える竹を切ることで、すっかり竹伐採をマスターしてしまった。

 

 

この日は、春の陽気で暖かだったので、テラスでご飯を食べることに。

 

サツマイモご飯

 

 

地元の、お気に入りの豆腐店の厚揚げ。とても美味しい♪ 豚汁に投入。

 

 

 

お昼ご飯の後は、樹木の伐採。こちらは、全伐採は目指さないけれども、建物に近い部分からなるべく伐採していくという方針で行った。

 

 

 

四元さんも、すっかり木こりになっている(笑)。

 

 

この日は早目に作業を切り上げ、晩御飯を食べながら、久しぶりに楽しい時間を過ごした。思えば、2月の半ばから、たった一人の孤独なたたかいだったのだから。虫シーズン到来前に、裏庭の伐採を終えることができた安心感もあり、ついつい飲みすぎてしまった(^^;)

 

今年になって初めて、カメムシが家の中にいるのを発見! さすが「啓蟄」!

 

 

なんと、私の梅酒のコップの縁を歩いているではないか!

 

 

これまで、二十四節気はメジャーなものしか気にしていなかったのだが、自然の中で暮らしていると、その節目・節目の言い表し方の的確さに驚かされる。これからは、カレンダーではなく、二十四節気を基軸に生きていこうかと思っているぐらいだ(^^;)

 

さて、裏庭の伐採を無事終えたので、翌日以降は、開墾した畑の作業に取り掛かることにした。

 

スナップエンドウの苗を購入。

 

 

私のような、「畑の素人」でも、「連作障害」という言葉ぐらいは知っている。同じ場所に同じ作物を植えると、収穫量が落ちる、というあれだ。連作障害の期間は作物によって異なり、連作障害のない作物さえあるという。

 

果たしてスナップエンドウの連作障害は・・・?と調べてみると、なんと、5年! ということは、一度スナップエンドウを植えた場所には、その後5年間も、スナップエンドウを植えることができないのだ。広い畑だったら可能かもしれないが、私のような小さな畑で5年間の連作障害は長すぎる。

 

そこで、スナップエンドウはプランターに植えることにした。これなら、連作障害を気にする必要はない。苗は成長するとどれぐらい大きさになるのか知らないが、とりあえず大きめのプランターに間隔をあけて植えてみた。今のところ、一応順調に育っているようである。

 

 

今年は、ジャガイモにも初挑戦することにした。こちらもネットで栽培方法を調べ、その通りに準備をする。まずは種芋を買ってきて、2週間ほど陽の当るところに置いて、芽を出させた。

 

 

大きなジャガイモは半分に切り、断面が腐らないように草木灰を塗り付ける。

 

 

草木灰は、種芋とともにお店で販売されていたが、私は秋に庭で小さなたき火をやり、ものすごく怖い思いをしてすぐにやめた経験があったのを思い出し、その時の灰を使うことにした。

 

最近は、たき火を禁止する自治体が多いが、私が住む自治体は田舎だし、農業をする人が多いので、たき火をしないと樹木の処理が追い付かなくなってしまう。よって、周囲に配慮した上でのたき火が認められており、冬の間は毎日、たき火があちこちで行われている。

 

私も、庭に放置されたままの材木を焼却処分しようと、庭の片隅にあるバーベキューコンロでたき火をしてみた。チャッカマンと新聞紙、そしてバケツに入れた水を用意して。たき火自体、自分でやるのは初めての経験だ。

 

私としては、こじんまりと、細々とたき火をして、材木処分をするつもりだったが、予想外の強風であっという間にキャンプファイヤー並みの大きな火となり、内部で小爆発が起こり、破片が周囲に飛び散り、それが火種となって煙が上がる・・・という、「火事の一歩手前」になりかねない事態となり、随分怖い思いをしたのだ。それ以降、材木を処分したくとも、絶対たき火はやらないと心に決め(だって、材木どころか家屋がたき火になってしまうから!)、バーベキューコンロもそれ以来使っていない。

 

放置されたバーベキューコンロ

 

 

たき火では怖かった思い出しかないが、少なくとも、草木灰を活用できる日が来たのは良かった。燃えカスをスコップで潰して、細かくした。

 

 

 

ジャガイモの断面に草木灰を塗り付ける。

 

 

 

種芋の準備が出来たら、今度は畑に植えていく。30センチの間隔で植えると書いてあったので、定規で測ってジャガイモをセットした。

 

 

 

 

土をかぶせたら、たっぷり水をやる。以降は、自然の雨だけで、水やりは不要とのこと。収穫はうまく行けば7月の上旬ぐらいらしい。無事美味しいジャガイモに育ってくれることを願う!

 

 

ところで、無事裏庭の整備を終えた翌日、例の水道管破裂の件で大家さんがやってきた。笹や竹が全伐採され、随分見通し&風通しが良くなった裏庭を見て、大家さんは驚いていた。これだけの作業、業者に頼んだら数万~十万円ぐらいするだろう。それを私が自分でやったのだから、大家さんとしてはありがたいはずである。

 

・・・しかし!

 

なんと大家さんは、すっかりきれいになった裏庭を見て、「随分切りましたね。小鳥たちの止まり木のために、木を買ってきて植えましょう」と真顔で言ったんである・・・!!

 

せっかく裏庭を整備したのに、切ったそばから、新しい木を植えるだと?!?! しかも、「小鳥」の「止まり木」のために?!?! 私はそんなことのために、この数週間余り、自分の映画の編集作業を返上して、竹藪と格闘してきたのではない!

 

私が劇映画の作家なら、ここで「あんたの頭、ツルハシでかち割ってやる!」というセリフを書いたに違いない。私のその時の心境を表すのに、それ以上の言葉が見つからない。

 

以上、竹藪とのたたかい~ある映画監督の場合~でした(^^;)。

 

※追記:この「空き家&片田舎暮らしから日本を考える~竹とのたたかい」は連載記事となっています。続き(「竹炭づくり(1)」)はこちら