【上映会レポート】アートと政治・社会運動の融合は難しい?!(2017/09/30『ブライアンと仲間たち』@戸山灰さん個展「小さな抵抗」)

9月30日は、渋谷のギャラリー「トキ・アートスペース」にて、『ブライアンと仲間たち』の上映とトークをさせていただきました。アーティスト・戸山灰(こやまかい)さんの個展の、関連イベントとしての開催でした。

 

戸山さんとは、経産省前テントひろばの「反原発美術館」を通じて知り合いました。2015年12月、まだ経産省前の敷地にテントが建っていて、美術館をオープンしたての頃に立ち寄ってくださったのでした。

 

今回、戸山さんの個展の趣旨=「小さな抵抗」に、『ブライアンと仲間たち』の映画に込められたメッセージが合うということで、上映を企画してくださいました。

 

上映の様子。思えば、『ブライアン~』の上映は、2015年12月の反原発美術館テント内(経産省前)が最後でしたので、久しぶりの上映です。ギャラリーの大きな白壁に、映像が映えました(^^)

 

 

マリアは、現在は親族の介護のため、アイルランドとロンドンを行き来する生活ですが、平和運動も相変わらず活発に続けています(^^)

 

 

この日は、2016年8月21日未明に、経産省前テントが強制撤去された際の映像(撮影:一瀬敬一郎弁護士)も上映しました。

 

 

上映後のトークでは、どのようなきっかけでブライアンと出会ったのか、なぜ撮影しようと思ったのか、映画でどんなメッセージを伝えたいと思ったのか、映画には描かれなかったブライアンの裏話・・・などなど、1時間ほどお話ししました。

 

この日、会場には、「さよなら原発東村山」の古畑和子さん(写真左)もいらしてくださいました。なんと、古畑さんはブライアンの抗議活動を訪れ、握手をしたことがあるそうです!!!

 

 

ブライアンは2011年に亡くなり、パーラメント・スクエアの抗議活動も2012年には消滅してしまったので、生前のブライアン、そしてパーラメント・スクエアの活動に行ったことがあるという日本人は、かなり珍しいです!

 

古畑さんはイギリス人のお知り合いからブライアンのことを知り、実際に訪ねてみたそうです。パーラメント・スクエアは「陸の孤島」のような状態で、ビッグベン側からの横断歩道がないため、車の往来が激しい中を走って渡らなければなりません。「それがすごく怖かった」と言っていました。(以前は横断歩道があったそうですが、ブライアンが抗議活動を始めてから、横断歩道が塗りつぶされてしまったそうです。その他、最寄りの公衆トイレの閉鎖時間が早められたり・・・と、抗議活動をやりにくくさせるための、大小さまざまな嫌がらせがありました^^;)

 

ちなみに後日、古畑さんより、ブライアンが亡くなったときのイギリスの新聞記事(お悔やみ記事)をお借りました。イギリスの友人が送ってくれたものだそうです。とても貴重な資料!! きちんとスキャンして保存したいと思います。

 

 

 

 

 

 

下の写真は、まさに「これぞブライアン」という感じの一枚ですね(^^;)

 

 

 

古畑さんからは、「さよなら原発東村山」が参加する、「東村山市民文化祭」の紹介もありました。11月3日~5日、東村山市中央公民館で開催されるそうです。期間中は、「反原発美術館」の寄贈作品3点も展示してくださる予定です。お近くの方は、ぜひお立ち寄りください♪

 

経産省前テントひろばの、毎週の座り込み当番を担当されている山本礼治さんもいらしてくださいました。311前は、いわゆる「安全神話」にすっかり騙されていたという山本さんが、現在は座り込みの最前線に立ち、川内原発、果ては韓国の原発反対運動まで訪ねていくようになっていく・・・。まるでドキュメンタリー映画さながらの展開ですね(^^)

 

トークイベント終了後に皆さんと。一番左側が戸山灰さん。

 

 

イベント終了後、戸山さんと山本さんと、近くの居酒屋に行きました。

 

 

戸山さんは「反原発美術館」について、美術家なら逆にやらなかった(やりにくかった)であろう企画と言っていました。社会的な題材を扱うアーティストはもちろんいますが、必ずしも直接的には作品に反映させなかったり、コンセプトを工夫したり、見る人に解釈の余地を与えるようにしたり・・・と、アート表現ならではの配慮(?)をします。

 

しかし、「反原発美術館」の場合は、名前に「反原発」とあるように、ストレートすぎます(^^;)。そして、開館時に「この美術館は、テントが国家権力によって破壊される最期の瞬間まで存続し続けます」と宣言したように、権力との対峙を前面に押し出した美術館でもあるのです。(実際は、テントが撤去された後に取り戻しましたが^^♪)

 

「反原発美術館」オープン時のチラシ

 

 

 

なので、美術表現に関わる人ならば、「反原発美術館」というネーミングで、原発に反対する作品ばかり集める、それらを強制執行されるテントで展示する・・・というのはやろうと思わなかったかも、とのことでした。

 

私は映画監督ですから、広義の意味で、私も「アーティスト」であると思います。しかし、絵画や彫刻などの美術を学んだことはなく、美術史の知識もありません。映像制作はYouTubeで学んだので、美大に通ったこともありません。芸術としての映画表現というより、市民メディア的な目線と行動で、映画を作ってきたと言えます。

 

また、「ドキュメンタリー」、しかも、社会問題を扱うドキュメンタリーの場合、映画表現と同じかそれ以上に、ジャーナリズムや社会運動の色合いも濃くなっていきます。なので、私の発想や表現は、自分では「アート」と思っていても、純粋(?)な美術畑の人たちから見たら、単なる政治運動にしか見えず、「芸術」とはかけ離れたものなのかもしれません(^^;)

 

しかし、私にとっては、ブライアンたちと出会った頃から、りべるたんに通い撮影した今日まで、工夫されたデモのプラカードやディスプレイ、壁一面に貼られた手書きのアジビラ・・・といったものが、「アート」に思えて仕方がないのです。

 

街を行く無関心な人にメッセージを届けたい、不当逮捕した警察を糾弾したい、アングラ劇団の公演を見に来てほしい・・・。そんな気持ちにあふれた、アピール感満載のプラカードやチラシは、根源的な表現欲求が詰まった芸術作品だと思います。

 

例えば、反原発美術館を象徴する展示作品の一つ、帯谷れい子さんの「デモ傘」作品。

 

 

作品解説資料に掲載された、作家プロフィールと作品紹介。

 

■ 帯谷 れい子
大阪出身。転勤で横浜市に36年。将来の不安に判断力の足しになるかと、自分の心理面や過去の歴史上の人間関係(閨閥・学閥など)を少し調べていた時に311が起きました。原発を廃炉にするしかないと、皆さんと一緒に行動しています。

 

作品名:「デモ傘2本、手作りプラカード31枚」
最初に赤ちゃんポスターをプラカードとしてデモに参加。雨でも破れないプラカードを作り足していきましたが、13枚で重くて腱鞘炎になってしまい、斉藤美智子さんのプラカード代わりの傘がヒントになって作りました。傘の文言では書き切れないのでだんだんプラカードが増えました。
(※こちらの作品は、現在も日常的に抗議活動で使用されているため、作家在廊時のみご覧いただけます。)

 

帯谷さんの作品は、もちろん普通にビニール傘としても使用できるのですが、警察からはデモの際、「畳まないと横断歩道を渡らせない」と通せんぼされるそうです(^^;)

 

 

これぞアート!!!!!(^^)

 

アートと政治(というか社会運動?)は、現状は、思った以上に距離があるのかもしれませんが、お互いに関心を持って歩み寄り、コラボすることによって、それぞれの表現が豊かになっていくことを願います!!

 

そんなことを考えた、トキ・アートスペースでの上映会でした。企画してくださった戸山灰さん、ギャラリー・オーナーのトキノリコさん、そしてご来場くださった皆様、どうもありがとうございました!