まだうだるような暑さの続く9月上旬、私は武蔵境駅に降り立った。改札を出たとたんに雲行きが怪しくなり、スコールのような雨が降り始めた。傘を差してもずぶぬれになりそうで、私は駅前で雨宿りをした。
しばらく待っても、雨はやむ気配がない。私は観念して、小さな折り畳み傘を広げ、成田光房のある方向へ歩き出した。
5分ほど歩くと、路上に成田さんの姿が見えた。待ち合わせの時間に、土砂降り&雷となったので、心配して出迎えてくれていた。皮肉なことに、あんなに激しく降っていた雨は、光房に到着するとぴたりと止んだ。
さて、肝心の成田光房は、Googleマップの写真で見た通りの、ボロボロのアパートだった。
築50年以上は経っているであろう、木造2階建ての単身者用アパート。両隣の建物にぴったりと挟まれて、陽当たり・風通しはゼロ。内見に来たら、ちょっと足がすくんでしまうような佇まいである。
早速、光房を案内してもらう。
(1)で書いたように、成田さんは移転期限までに次の物件が見つからず、ここへ引っ越してきた。前居住者は何年も家賃不払いで、家財道具を置いたまま行方知らずとなり、そのまま何年も放置された状態の部屋だった。
成田さんがここに引っ越してくる際、前居住者の家財道具は大家さんが運び出してくれた。しかし、部屋の掃除や修繕は一切されておらず、埃と汚れまみれだったそうだ。エアコンは焦げたように真っ黒で、室内には壊れた電球がぶら下がり、雨戸と網戸は破れたまま。
こんな廃屋のような状態の物件でも、成田さんは契約時に敷金と礼金を支払った。だから、せめて最低限の生活ができるように修繕をしてほしいと思い、大家さんにお願いをしてある。しかし、一向に修繕をしてくれる気配はない。
つい最近までは、鍵さえもきちんとかからない状態だったので、成田さんは重要書類・貴重品を、出かけるときは常に持ち出し、持ち歩いていた。その後、鍵については自分で直し、現在は戸締りがしっかりとできるようになった。
部屋の埃は、荷物を運び入れるときに取り除いたが、掃除は、大家さんによる修繕が済んでからやりたいと思っている。入居してもう2か月になるのに、一体いつになったら修繕をしてもらえるのか。…というか、そもそも修繕をするつもりがあるのだろうか?
6畳ひと間、和式トイレ、風呂・シャワー無し、洗濯機置き場なし、家賃は35,000円/月(敷・礼別途)。
中央線沿線、35,000円という金額だけ見て、これをお値打ち物件と思うか、それとも…
ただ、この廃屋のようなアパートが「満室」になっているという事実は、これまた現代日本の住宅事情として考えさせられる部分がある。
ひとしきり室内を見せてもらった後、だらんとぶら下がった電球の下で、成田さんは問わず語りに、これまでの写真と共に歩んだ人生を話し始めた。
私はあわてて小型マイクを取り出し、成田さんの襟元に装着させてもらった。
雨上がりの蒸し暑い部屋で、遠くに雷鳴を聞きながら、3時間に及ぶ成田さんの語りを収録した。それは成田さんの人生の一端を垣間見たに過ぎないのかもしれない。それでもなお、私が触れることのできた断片をお伝えしたい。
(つづく)